
老後の生活設計を考える上で、年金は最も重要な柱の一つです。しかし、現在の日本の年金制度と、特定の世代が抱える経済的な課題を考慮すると、「年金月10万円未満」という衝撃的な現実が多くの人々、特に氷河期世代を待ち受けていることが浮き彫りになってきています。この金額は、老後の生活を維持するために必要な最低限の費用と比較しても著しく低く、このままでは老後も現役時代と変わらない、あるいはそれ以上の貧困スパイラルに陥る可能性を強く示唆しています。
■■ 氷河期世代が直面する厳しい現実
氷河期世代とは、主に1970年代前半から1980年代前半に生まれた世代を指します。彼らが社会に出た1990年代から2000年代前半は、バブル崩壊後の長期にわたる経済停滞期と重なり、就職氷河期と呼ばれました。この時期、多くの企業が採用を抑制し、正規雇用に就くことが極めて困難でした。結果として、この世代は以下のような構造的な問題に直面し、その影響が老後の年金受給額にまで及んでいます。
・非正規雇用の常態化:
正社員としての職を得られず、アルバイト、契約社員、派遣社員といった非正規雇用で働くことを余儀なくされた人が多数を占めます。非正規雇用は、正社員に比べて給与水準が低く、賞与や退職金も少ない、あるいは全くないことが一般的です。
・低賃金とキャリア形成の遅れ:
職を転々としたり、希望しない職種に就いたりする中で、スキルアップやキャリア形成の機会が限られました。これにより、賃金が上がりにくく、経済的に不安定な状態が長く続きました。
・国民年金への依存:
企業に属さない、あるいは厚生年金に加入できない非正規雇用の場合、国民年金のみに加入しているケースが多く見られます。国民年金は、厚生年金に比べて将来の受給額が大幅に低いという特徴があります。満額受給できたとしても、月額約6.8万円(2024年度)であり、これだけでは生活を維持することは困難です。
・長期的な経済的困窮:
現役時代に十分な収入が得られなかったため、貯蓄を増やすことが難しく、住宅ローンや教育費などの支出も重なり、老後資金の準備が十分にできていない人が少なくありません。
これらの要因が複合的に絡み合い、氷河期世代の多くが老後に「月10万円未満」という年金受給額に直面する可能性を高めています。これは単なる個人の努力不足ではなく、社会構造が生み出した深刻な問題と言えるでしょう。
■■ なぜ「月10万円未満」では生活できないのか?
厚生労働省が発表しているデータや、各自治体の生活保護基準などを参考にすると、一人暮らしの高齢者が最低限の生活を送るために必要な費用は、住居費、食費、光熱費、医療費などを合わせて、都市部であれば月額約15万円から20万円程度とされています。地方でも約12万円から15万円程度は必要となるでしょう。
「月10万円未満」の年金では、この最低限の生活費すら賄うことができません。具体的な影響としては、以下のような問題が予想されます。
・住居費の圧迫: 特に都市部では家賃が高騰しており、年金収入の大部分が家賃に消えてしまう可能性があります。
・食費の切り詰め: 十分な栄養が摂れないほど食費を切り詰めることになり、健康状態の悪化につながる恐れがあります。
・医療費の負担増: 高齢になればなるほど医療費がかかりますが、年金収入が少ないと必要な治療を受けられない、あるいは自己負担分の支払いが困難になる可能性があります。
・社会活動からの孤立: 趣味や交際費に回す余裕がなくなり、社会とのつながりが希薄になることで、孤独感や精神的な負担が増大する恐れがあります。
このように、「月10万円未満」という年金受給額は、単に生活が苦しいというレベルを超え、健康で文化的な最低限度の生活を送ることすら困難にする水準と言えます。
■■ 老後の貧困スパイラルを断ち切るための戦略
氷河期世代が老後の貧困スパイラルを乗り越えるためには、現状を正確に認識し、早期に具体的な対策を講じることが不可欠です。以下に、実践的な戦略を提案します。
◆ 1. 年金制度の理解と受給額の試算
まずは、自身の年金見込み額を正確に把握することがスタート地点です。
・「ねんきん定期便」の確認: 毎年送付される「ねんきん定期便」で、これまでの加入期間と将来の年金見込み額を確認しましょう。
・ねんきんネットの活用: 日本年金機構が提供する「ねんきんネット」に登録すれば、より詳細な年金情報を確認でき、将来の年金受給額をシミュレーションすることも可能です。
・年金事務所への相談: 不明な点があれば、年金事務所に直接相談し、自身の状況に応じたアドバイスを受けましょう。繰り下げ受給など、受給額を増やす選択肢についても確認が必要です。
◆ 2. 公的制度の積極的な活用
年金だけでは不足する生活費を補うために、利用できる公的制度は積極的に活用すべきです。
・生活保護制度: どうしても生活が困窮した場合には、最後のセーフティネットとして生活保護制度があります。申請には一定の条件がありますが、躊躇せずに相談窓口に足を運びましょう。
・住居確保給付金: 離職や廃業によって住居を失うおそれがある場合に、家賃の一部を補助してくれる制度です。
・各種助成金・補助金: 高齢者向けの医療費助成や、介護サービスに関する補助金など、地方自治体が独自に実施している制度もあります。居住地の自治体の窓口やウェブサイトで確認しましょう。
◆ 3. 資産形成・資産運用の強化
現役時代に十分な貯蓄ができなかったとしても、まだ間に合う可能性があります。
・iDeCo(個人型確定拠出年金):
自分で掛金を拠出し、運用することで、老後資金を準備する制度です。掛金は全額所得控除の対象となり、運用益も非課税で再投資されるため、税制優遇が大きいのが特徴です。60歳まで引き出せないという制約はありますが、老後資金専用と割り切って活用する価値は十分にあります。
・つみたてNISA:
少額からの積立投資に適した非課税制度です。年間投資上限額はありますが、投資信託を通じて分散投資を行うことで、リスクを抑えながら資産形成が可能です。
・個人年金保険: 民間の保険会社が提供する年金保険で、将来の年金を積み立てるものです。税制上の優遇があるものもあります。
・高配当株投資・不動産投資:
ある程度の資金が必要となりますが、安定したインカムゲイン(配当金や家賃収入)を狙える投資です。ただし、リスクも伴うため、十分な知識と情報収集が必要です。
◆ 4. 長く働き続けるための準備
年金受給開始年齢以降も収入を得ることは、老後の生活安定に直結します。
・スキルアップ・リスキリング:
定年後も働けるよう、現役時代から新たなスキルを習得したり、既存のスキルを磨き直したりすることが重要です。プログラミング、WEBデザイン、語学など、需要の高いスキルを身につけることが有効です。
・健康寿命の延伸:
健康であることが長く働き続けるための大前提です。定期的な運動、バランスの取れた食事、適切な睡眠を心がけ、生活習慣病の予防に努めましょう。
・多様な働き方の検討:
正社員にこだわらず、パートタイム、アルバイト、フリーランス、ボランティアなど、自身の体力や興味に合わせた多様な働き方を検討しましょう。シルバー人材センターやハローワークのシニア向け求人も活用できます。
・起業・副業:
これまでの経験やスキルを活かして、個人事業主として起業したり、副業として収入を得たりすることも選択肢の一つです。
◆ 5. 固定費の見直しと削減
日々の生活費を見直すことも、老後の貧困を防ぐ上で非常に重要です。
・住居費の見直し:
老後に現在の住居が広すぎる、あるいは家賃が高すぎる場合は、ダウンサイジングや家賃の安い地域への移住を検討するのも一案です。持ち家の場合は、リバースモーゲージの活用も視野に入ります。
・通信費の見直し:
スマートフォンやインターネットの契約プランを見直し、格安SIMや不要なオプションの解約などを検討しましょう。
・保険料の見直し:
不要な保険や重複している保険がないか確認し、保障内容と保険料のバランスを最適化しましょう。
・食費の節約:
外食を減らし、自炊を増やす、食材の無駄をなくすなど、日々の食費を意識的に管理しましょう。
■■ まとめ
氷河期世代が直面する「年金月10万円未満」という現実は、看過できない深刻な問題です。しかし、この問題は決して解決できないものではありません。現状を正確に把握し、公的制度の活用、計画的な資産形成、長く働き続けるための準備、そして徹底した家計の見直しという多角的な戦略を組み合わせることで、老後の貧困スパイラルを断ち切ることは可能です。
重要なのは、「まだ時間がある」という意識を持ち、今日から具体的な行動を開始することです。一歩ずつでも良いので、自身の老後生活を安定させるための戦略を実行に移しましょう。未来は、今日の選択と行動によって作られます。
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