
4月某日、ある企業の人事担当者は、心待ちにしていた新入社員の歓迎会の準備に追われていた。コロナ禍明けの久々の対面開催ということもあり、会場は駅近の個室居酒屋を予約し、部署横断で20名以上の社員が参加予定。歓迎されるのは、今春入社したばかりの23歳の男性Aさんだった。
Aさんは入社後、数日間の新人研修を経て、営業部への配属が決まった。挨拶は控えめながら礼儀正しく、服装も清潔感があり、一見“どこにでもいる”新入社員に見えたという。
しかし、歓迎会当日の夕方、事件は起きた――。
■ 「すみません、今日…ちょっと帰ります」
その日の17時50分、歓迎会開始10分前。会場へ移動するため、オフィスを出ようとしていた人事担当者のスマホに、AさんからLINEが届く。
「すみません、やっぱり今日はちょっと帰ります」
驚いた人事担当者がすぐに返信すると、Aさんからはさらに続けてこうメッセージが入った。
「実は今日の昼からずっとモヤモヤしていて…歓迎会もなんだか気が重くなってきました。正直、この会社に自分が合ってるか分からなくなってきました」
しかもそのLINEが届いたとき、Aさんはすでに駅のホームに立っており、すぐに帰宅してしまったという。
■ 「辞めます」宣言は、歓迎会の翌朝ではなく“当日の夜”
人事担当者は急いで電話をかけたが、Aさんは出ず。そのまま連絡はつかず、結局、歓迎会はAさん抜きで行われた。
「具合でも悪くなったのかもしれない」という同情の声も一部ではあったが、翌日の朝9時、Aさんから届いたメールに、全社員が驚愕することとなる。
「昨日の件でご迷惑をおかけしました。本日付で退職させていただきたく、ご連絡差し上げました。短い間でしたがお世話になりました」
あまりにあっさりとした退職メール。出社もせず、引き継ぎもなく、そのままフェードアウト。
人事部も上司も、「せめて一度話そう」と電話やメールで何度も連絡を取ったが、結局、Aさんは応じなかった。
■ 一体なぜ?“歓迎会を前に辞める”という決断
このような新入社員の「即退職」は、近年珍しいことではなくなってきている。では、なぜAさんは歓迎会という“節目のイベント”を前に、突然辞めるという選択をしたのか。
①歓迎会への強いプレッシャー
Aさんは入社後、人付き合いに強い不安を感じていた可能性がある。歓迎会は“楽しみにされているイベント”という位置づけだが、人によっては「自分が主役であること」自体が大きなストレスになる。事実、Z世代の若者には「プライベートとの線引きを強く意識する傾向」があり、飲み会文化そのものを敬遠するケースも少なくない。
②働く意味を即座に見失う
「このままこの職場で数十年…」という未来を想像してしまい、過度な不安に陥る新入社員も多い。研修や初期配属先の雰囲気が「自分の理想」と違っていた場合、「もうこの会社に未来はない」と極端に判断してしまう傾向が、特に20代前半に見られる。
③辞めるハードルの低さ
かつてのように「3年は我慢」が常識だった時代と異なり、現代の若者は“合わなければすぐに辞める”選択を当然視する傾向が強い。SNSでは「即辞めOK」「自分を守れ」という情報が溢れ、退職代行サービスの普及もあって「逃げ方を知っている世代」になっている。
■ 企業が考えるべき「歓迎する側の視点」
今回のような突然の辞退は、企業にとってはもちろんショックだ。しかし、そこで「最近の若者は根性がない」と切り捨ててしまっては、何も解決しない。
むしろ人事担当者が考えるべきは、「歓迎するという行為が、相手にとって本当に歓迎と感じられていたか」という視点だ。
・形式的な飲み会が実は負担になっていなかったか**
・初日から“自分をさらけ出せ”という空気になっていなかったか**
・“内輪ノリ”で浮いてしまう不安がなかったか**
こうした環境面・心理面の配慮が、実は新入社員の「即辞め」を防ぐ重要な鍵になっている。
■ 結論:「驚きの辞退」から見える現代の働く若者のリアル
Aさんの辞退は突発的なようでいて、現代の新入社員が抱える“職場との温度差”を象徴している。
歓迎されること自体がストレス。 飲み会がコミュニケーションの手段ではなく、試練に見える。 たった数日で「合わない」と判断され、企業文化を知る前に辞めてしまう。
これは「Aさんだけの問題」ではなく、今後も企業が直面する可能性が高い「構造的な課題」だ。人事や現場が本当に目指すべきは、誰もが「この職場なら大丈夫」と思える安心感の創出である。
歓迎会のキャンセル連絡は、単なる“辞めた若者の迷惑行動”ではなく、今の社会が抱える“職場の不協和音”のシグナルなのかもしれない。
この記事へのコメントはありません。