
60代のご夫婦にとって、これからの人生設計と「働き方」は切っても切り離せないテーマです。「働くと年金が減らされると聞いた」「税金が高くなるのが怖い」といった不安をお持ちの方も多いでしょう。
しかし、仕組みを正しく理解すれば、これらの壁は決して怖いものではありません。むしろ、制度を味方につけることで、手取りを最大化し、豊かな老後資金を確保することが可能です。
ここでは、60代夫婦が直面する特有の「年収の壁」について、社会保険、税金、そして年金カットの仕組みまでを含めて、2000文字以上で徹底解説します。
■■ はじめに:60代からの「壁」は若年層とは違う
現役時代、「103万円の壁」や「130万円の壁」という言葉をよく耳にされたと思います。これらは主にパートタイムで働く配偶者の扶養に関する壁でした。
しかし、60代になると状況は一変します。これまでの壁に加え、「年金が減額される壁(在職老齢年金)」や「医療費負担が増える壁」、そして「公的年金等控除の壁」が複雑に絡み合ってきます。
これらを整理せずになんとなく働き続けると、「一生懸命働いたのに手取りがほとんど増えていない」あるいは「知らない間に年金が半分カットされていた」という事態になりかねません。
本記事では、60代夫婦が直面するこれら複数の壁を以下の3つの視点で整理し、最適な戦略を提案します。
- 「働き損」を防ぐための社会保険の壁
- 60代特有の「年金カット」の壁
- 手取りを守るための税金の壁
■■ 第1章:社会保険の壁(106万円・130万円)の再確認
まずは、配偶者(妻または夫)がパート勤務をする場合の壁です。これは60代になっても、相手が厚生年金に加入して働いている間は関係してきます。
▼ 1. 106万円の壁(社会保険加入の義務化)
勤務先の従業員数が51人以上の企業で、月額賃金が8.8万円(年額約106万円)を超えると、パート自身が社会保険(厚生年金・健康保険)に加入する必要があります。
・ デメリット: 手取りが減ります(約15〜16%程度が保険料として引かれます)。
・ 60代のメリット: ここが重要です。60代で厚生年金に加入して働くと、将来受け取る(または現在受け取っている)「老齢厚生年金」の受取額が増えます。
- 「掛け捨て」ではないため、長生きすればするほど元が取れる投資とも言えます。
- 傷病手当金などが使えるようになり、保障が厚くなります。
▼ 2. 130万円の壁(扶養外れの壁)
年収が130万円を超えると、夫(または妻)の扶養から外れ、自分で国民健康保険や国民年金(60歳未満の場合)を払わなくてはなりません。
・ 注意点: 60歳以上の場合、国民年金の加入義務はありませんが、国民健康保険料の負担が発生します。この負担は決して軽くありません。
・ 60代夫婦の戦略: 中途半端に140万円〜150万円稼ぐくらいなら、129万円以下に抑えるか、あるいは106万円の壁を超えて厚生年金に入ってしまう(保障を手厚くする)かの二択で考えるのが賢明です。
■■ 第2章:60代最大の落とし穴「在職老齢年金(50万円の壁)」
60代の方から最も相談が多いのがこの壁です。「働きながら年金をもらうと、年金がカットされる」という制度です。これを専門用語で「在職老齢年金制度」と呼びます。
▼ 「50万円の壁」とは何か?
2024年度(令和6年度)現在、この基準額は「月額50万円」です。
計算式は以下の通りです。
(毎月の給与・賞与の平均額)+(基本月額※)> 50万円
※基本月額=老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額
この合計が50万円を超えた場合、超えた金額の2分の1が、年金から支給停止(カット)されます。
重要ポイント:
カットされるのは「厚生年金部分」のみです。「基礎年金(国民年金)」部分は全額支給されます。
65歳未満と65歳以上で以前は基準が異なっていましたが、現在はどちらも高所得でない限り基準は緩和されています。
▼ 具体的なシミュレーション
例えば、以下のようなケースを見てみましょう。
・ 夫(65歳):
- 再雇用での給与:月30万円
- 老齢厚生年金:月15万円(基礎年金は含まず)
- 合計:45万円
この場合、合計が50万円以下のため、年金は1円もカットされません。 全額受け取りながら給与も満額もらえます。
・ 夫(65歳)がもっと頑張った場合:
- 再雇用での給与:月40万円
- 老齢厚生年金:月15万円
- 合計:55万円
この場合、50万円を「5万円」オーバーしています。
その半分の「2.5万円」が毎月の年金から引かれます。
▼ 戦略:働き損を避けるには?
多くの60代にとって、月額50万円(年収換算で約600万円相当※年金含む)はかなり高いハードルです。一般的な再雇用で給与が下がることを考えると、過度に心配する必要はありません。
しかし、現役並みの高収入を維持できる経営者や専門職の方は注意が必要です。「年金が減らされるのが悔しい」と感じる場合は、あえて年金の受け取りを遅らせる「繰り下げ受給」を検討してください。受給を遅らせている間は、在職老齢年金のカット対象にはなりません(ただし、65歳時点での受給額ベースで計算上の調整は行われますが、受給率の増額メリットを享受できます)。
■■ 第3章:税金の壁(公的年金等控除の壁)
60代以降の手取りに直結するのが、税金の仕組みの変化です。給与所得控除とは別に「公的年金等控除」が適用されます。
▼ 1. 65歳未満と65歳以上の違い
ここには明確な「年齢の壁」があります。
・ 60歳〜64歳: 公的年金等控除額は最低60万円
・ 65歳以上: 公的年金等控除額は最低110万円
つまり、65歳になると「税金がかからない年金額の枠」が50万円分も一気に広がります。
▼ 2. 給与と年金の両方がある場合の「所得金額調整控除」
給与所得と年金所得の両方がある場合、確定申告(または年末調整)で調整が入りますが、これらを合算した所得に対して税金がかかります。
60代夫婦へのアドバイス:
住民税が「非課税」になるラインを意識することは、非常に重要です。住民税非課税世帯になると、高額療養費の自己負担限度額が下がったり、介護保険料が大幅に安くなったり、昨今のようなインフレ手当(給付金)の対象になったりと、メリットが計り知れません。
無理に働いて課税所得を少し増やすよりも、世帯全体で住民税非課税ラインに収まるようにコントロールする方が、トータルの支出(社会保険料・医療費・介護費)を抑えられるケースがあります。
■■ 第4章:75歳の壁(医療費窓口負担の壁)
少し先の話になりますが、今のうちから知っておくべきなのが「後期高齢者医療制度」における壁です。
75歳以上になると、年収によって病院での窓口負担割合が変わります。
・ 1割負担: 一般的な所得の方
・ 2割負担: 一定以上の所得がある方(単身で年金+給与が200万円以上など)
・ 3割負担: 現役並み所得者
今、60代で資産運用益や給与が多い場合、将来的に医療費が2倍(1割→2割)になる可能性があります。
ここでの戦略は、「NISA(少額投資非課税制度)」の活用です。NISAで得た利益は、この医療費負担区分の判定基準となる「所得」に含まれません。課税口座(特定口座)での利益は所得に含まれるため、医療費負担増につながるリスクがあります。
60代からの資産運用は、単に増やすだけでなく、「所得とみなされない増やし方」を選ぶことが重要です。
■■ 第5章:60代夫婦のための「最強の働き方戦略」まとめ
これまでの壁を踏まえ、60代夫婦が経済的安定を図るための具体的なアクションプランを提案します。
▼ パターンA:手取り最大化・現役続行型
・ 対象: 健康で、スキルがあり、働けるうちはバリバリ働きたい夫婦。
・ 戦略:
- 「在職老齢年金(50万円の壁)」は気にせず働く。
- ただし、年金は「繰り下げ受給」を選択する。働いている間は年金をもらわず、70歳や75歳から受給開始することで、年金額を最大84%増やす。
- これにより、給与で今の生活を賄い、増額された年金で長生きリスク(長寿リスク)に備える。
▼ パターンB:バランス重視・悠々自適型
・ 対象: 仕事はセーブして、趣味や孫との時間を大切にしたい夫婦。
・ 戦略:
- 夫は月収と年金の合計が50万円を超えない範囲で働く(週3日勤務など)。
- 妻は社会保険の扶養内(年収130万円未満)、あるいは自分自身の厚生年金を増やすために月8.8万円程度で働く。
- 住民税非課税枠を意識し、無駄な税金や社会保険料の流出を防ぐ。
▼ パターンC:資産寿命延長型
・ 対象: 退職金や貯蓄はある程度あるが、インフレが心配な夫婦。
・ 戦略:
- iDeCo(個人型確定拠出年金)を活用可能なら65歳まで加入し、掛金を所得控除にして税金を減らす。
- 新NISAで高配当株や投資信託を運用し、非課税の不労所得を作る(医療費負担増の壁を回避)。
■■ むすびに:数字にとらわれすぎないことも大切
「年収の壁」や「損得」を知ることは、資産を守るための強力な武器になります。しかし、最も大切なのは「お二人がどのような60代、70代を過ごしたいか」という価値観です。
「社会とのつながりを持ちたいから働く」のであれば、多少年金がカットされても働く価値はあります。「夫婦で旅行に行きたいから稼ぐ」のも素晴らしい目標です。
まずは一度、お二人の「年金見込額」と「希望する生活費」、そして「働きたいペース」をテーブルの上に並べてみてください。










この記事へのコメントはありません。