
年金受給を前に繰上げ受給の選択に迷われている方へ、年金制度と金融の専門知識に基づき、「年金は繰上げて早くもらった方が得ですか?」という疑問にお答えできるよう、メリットとデメリットを徹底的に解説します。
【年金は繰上げて早くもらった方が得ですか?メリット・デメリットを解説】
公的年金は、原則として65歳から受け取りが始まりますが、ご自身の判断で受給開始時期を早める「繰上げ受給」、または遅らせる「繰下げ受給」を選択できます。
特に繰上げ受給は、早く年金を受け取れる魅力がありますが、その分、生涯にわたる年金額の減額という大きなデメリットを伴います。
「早くもらった方が得か?」という問いに対する答えは、ご自身の健康状態、資産状況、そしてライフプランによって異なります。
ここでは、繰上げ受給の具体的な仕組みと、それを選ぶことのメリット・デメリットを詳しく解説します。
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■■ 1. 繰上げ受給の基本的な仕組み
繰上げ受給とは、本来65歳から支給される老齢年金(老齢基礎年金および老齢厚生年金)を、60歳から64歳までの間で繰り上げて受け取り始めることです。
● 減額率について
繰上げ受給を選択すると、老齢年金は請求した月(60歳到達月以降)に応じて減額されます。この減額率は生涯変わりません。
・減額率: 受給開始を早めた月数に応じて、1ヵ月あたり0.4%(注1)が減額されます。
・最大減額率: 60歳0ヵ月で受給を開始した場合、60ヵ月(5年間)繰り上げることになり、最大24%(0.4% × 60ヵ月)の減額となります。
(注1)1962年(昭和37年)4月1日以前生まれの方の減額率は1ヵ月あたり0.5%(最大30%)です。
● 老齢基礎年金と老齢厚生年金はセットが原則
老齢基礎年金と老齢厚生年金は、原則として同時に繰上げ請求をする必要があります。片方だけを繰り上げることはできません。
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■■ 2. 繰上げ受給のメリット(「早くもらう」ことの魅力)
繰上げ受給の最大の魅力は、年金を早期に得られることで、生活資金にゆとりが生まれる点です。
● メリット1:経済的な安定と安心の早期確保
退職などで収入が途絶えた、または減少した時期に年金という公的な定期収入を得ることで、生活費の足しにできます。
貯蓄の取り崩しを抑え、精神的な安心感を早く得られるのは大きなメリットです。
● メリット2:健康なうちに年金を活用できる
ご自身の健康状態に不安がある場合や、長生きに自信がない場合に、「元気で活動的なうちに年金を活用したい」というニーズに応えられます。
旅行、趣味、自己投資など、健康な今だからこそできることに年金を使うことが可能になります。
● メリット3:長寿リスクへの対策
長生きによる老後資金の枯渇リスク(長寿リスク)はありますが、早期に年金を受け取り、余裕のある生活資金を確保して、それを元手に他の資産運用に回すなど、資金全体の流動性を高める戦略も考えられます。
ただし、これは高度な金融知識とリスク許容度が求められます。
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■■ 3. 繰上げ受給のデメリット(「早くもらう」ことの代償)
繰上げ受給のデメリットは、その多くが一生涯にわたる不可逆な影響を及ぼす点にあります。
● デメリット1:年金額の生涯減額と総受取額の減少
最大のデメリットは、一度決定した減額率が生涯続くことです。
・減額の継続:
60歳で受給開始し24%減額となった場合、たとえ80歳、90歳になってもその減額率は変わりません。
・損益分岐点:
65歳受給開始と比較すると、繰り上げた分だけ総受給額が逆転し、「損」となる年齢(損益分岐点)があります。
一般的に、80歳前後(繰り上げた月数によって異なる)がその目安とされ、それ以降長生きするほど、65歳受給者との総受給額の差は拡大します。
平均寿命が延びている現代では、このデメリットは無視できません。
● デメリット2:他の年金制度への影響
繰上げ受給をすると、本来65歳以降に受け取れるはずの他の年金や手当の受給権が消滅したり、制限されたりする場合があります。
| 対象となる年金・手当 | 影響の内容 |
|---|---|
| 障害基礎年金 | 繰上げ受給後は、原則として請求できません。 |
| 寡婦年金 | 繰上げ受給と同時に寡婦年金の受給権がなくなります。 |
| 振替加算 | 繰上げ受給をした場合、老齢基礎年金に加算される「振替加算」は受け取れません。 |
| 国民年金の任意加入 | 繰上げ受給をすると、未納期間がある場合の国民年金の任意加入や、保険料の追納ができなくなります。これにより、将来的な年金額を増やす機会を逸します。 |
| 遺族厚生年金 | 65歳になるまでは、ご自身の老齢年金(繰上げ受給)と配偶者等の遺族厚生年金はどちらか一方を選択しなければなりません。 |
● デメリット3:請求後の取り消しができない
繰上げ受給は、一度請求すると原則として取り消しができません。
手続きをした時点で減額率が固定され、後から「やはり65歳からにしたい」と変更することは不可能です。
将来の状況変化に柔軟に対応できない点も大きなリスクです。
● デメリット4:在職老齢年金制度の適用
60歳以降も働き、厚生年金に加入している場合、在職老齢年金制度が適用されます。
繰り上げ受給を選んだ場合、給与や年金額の合計額によっては、さらに老齢厚生年金の一部または全額が支給停止になることがあります。
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■■ 4. 繰上げ受給を検討する際の判断ポイント
「得か損か」は、最終的にご自身の寿命と生活設計に依存しますが、以下の視点から検討しましょう。
● 長寿リスクと総受取額のバランス
| 選択肢 | 向いている人 | 向いていない人 |
|---|---|---|
| 繰上げ受給 | 健康状態に大きな不安がある、まとまった資金が緊急で必要、早期退職で収入源がない、長生きリスクよりも資金ショートリスクを避けたい人。 | 健康で長生きする自信がある、生活資金に当面の不安がない、年金以外の収入源(退職金、資産運用益など)が十分にある人。 |
| 65歳受給 | 多くの人にとって標準的な選択。 | |
| 繰下げ受給 | 健康で働く意欲もある、65歳以降も十分な収入がある、長寿リスクを避けたい、生涯の年金受取額の最大化を目指したい人。 | 健康状態に不安がある、長期間の生活資金が不足している人。 |
● シミュレーションの重要性
最終的な判断は、年金事務所やFP(ファイナンシャルプランナー)に相談し、ご自身の「ねんきん定期便」や年金見込額に基づいた生涯の年金総受給額シミュレーションを行うことを強く推奨します。
例えば、老齢厚生年金と老齢基礎年金合計で年額200万円(月額約16.7万円)の人が60歳から繰上げ受給(24%減額)した場合、年金額は約152万円(月額約12.7万円)となり、年間48万円の減額が生涯続くことになります。
この48万円の差を、長生きした場合の総受給額でどう取り返すかは、非常に大きな問題です。
繰上げ受給は、早期の資金需要という「短期的なメリット」と、生涯減額という「長期的なデメリット」のトレードオフです。
ご自身の現在の資金状況、予想される健康状態、そして最も重視するライフイベントを総合的に考慮し、「取り返しのつかない決断」であることを念頭に、慎重に判断してください。










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