
「赤ちゃんが欲しい」。そう願うご夫婦にとって、「不妊」という現実は、計り知れない不安や焦りをもたらします。不妊治療専門のクリニックには、多くのご夫婦が相談に訪れますが、その際にしばしば誤解されているのが、「不妊の原因は女性にある」という認識です。しかし、これは大きな間違いです。医学的な統計データによると、不妊の原因は女性側のみにあるケースが約4割、男性側のみにあるケースが約4割、そして男女双方に原因があるケースが約2割とされており、実は不妊の原因は男女ほぼ半々なのです。
特に男性は、「自分には関係ない」「女性が頑張るものだ」と考えがちですが、妊活は夫婦二人三脚で行うものです。男性自身の健康状態、特に精子の質や量が、妊娠の可能性に大きく影響します。
この記事では、長年不妊治療に携わってきた医師の立場から、男性が妊活において知っておくべき「不妊の原因」に触れつつ、日々の生活の中で避けるべき「NGな趣味や習慣」と、積極的に摂取すべき「推奨食品」について詳しく解説します。男性が自身の体と向き合い、前向きに妊活に取り組むための一助となれば幸いです。
■ 男性不妊の主な原因とは?
男性不妊の多くは、精子の「量」「運動率」「形態」といった質の問題に起因します。これらの精子の問題は、以下のような様々な要因によって引き起こされます。
・精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう):
睾丸の周りの血管が瘤(こぶ)のように膨らみ、血流が悪くなることで睾丸の温度が上昇し、精子形成に悪影響を与える最も一般的な原因です。
・造精機能障害:
精子を作る機能そのものに問題がある状態です。遺伝的要因、ホルモン異常、過去の病気(おたふく風邪による睾丸炎など)、薬剤の影響などが考えられます。
・精路通過障害:
精子の通り道が詰まってしまい、精子が体外へ排出されない状態です。感染症や手術などが原因となることがあります。
・性機能障害:
勃起不全(ED)や射精障害などにより、性交渉自体が困難な状態です。
・原因不明:
検査をしても原因が特定できないケースも少なくありません。
そして、これらの原因の中でも、日々の生活習慣や環境要因が精子の質に与える影響は非常に大きいことが分かっています。裏を返せば、生活習慣を見直すことで、精子の質を改善し、妊娠の可能性を高めることができるのです。
■ 妊活で避けるべき「NGな趣味・習慣」
精子を作る睾丸は、体の他の部分よりも低い温度(約34~35℃)で最も効率的に機能します。そのため、睾丸を高温にさらすような趣味や習慣は、精子形成に悪影響を及ぼす可能性があります。
- 長時間のサウナや熱いお風呂:
サウナや長時間の熱いお風呂は、体温を上昇させ、特に睾丸の温度を上げてしまいます。頻繁に、あるいは長時間利用することは、精子の数や運動率を低下させるリスクがあります。短時間で済ませる、温度を低めにするなどの工夫が必要です。 - 長時間の自転車・バイクの利用:
サドルの圧迫や振動は、股間部分の血行を悪くするだけでなく、睾丸への刺激となり、精子の質に悪影響を与える可能性があります。特にロードバイクなどの細いサドルに長時間乗る際は注意が必要です。 - 喫煙:
タバコに含まれるニコチンやタールなどの有害物質は、精子のDNAを損傷させたり、運動率を低下させたりと、精子に直接的な悪影響を及ぼします。また、勃起機能にも悪影響を与える可能性があります。妊活を始めるにあたって、禁煙は最も重要な取り組みの一つです。 - 過度の飲酒:
アルコールの過剰摂取は、男性ホルモンのバランスを崩し、精子形成を妨げる可能性があります。適量であれば問題ありませんが、頻繁に多量のアルコールを摂取することは避けるべきです。 - 過度のストレス:
慢性的なストレスは、ホルモンバランスを乱し、血行不良を引き起こすことがあります。これは精子形成にも影響を与えかねません。適度な休息やリラックスできる時間を持つことが大切です。 - 睡眠不足:
睡眠不足もホルモンバランスに影響を与え、精子の質を低下させる可能性があります。規則正しい生活を送り、十分な睡眠時間を確保することが重要です。 - 激しすぎる運動:
適度な運動は血行を促進し健康に良いですが、マラソンのような過度に激しい運動は、体に酸化ストレスを与え、精子の質を低下させる可能性があります。また、プロテインなどのサプリメントを過剰に摂取することも、成分によっては体への負担となる場合があります。 - 長時間座りっぱなしのデスクワーク:
長時間座っていると、股間周辺の温度が上昇しやすく、血行も悪くなります。定期的に立ち上がって軽いストレッチをする、休憩時間を設けるなどの対策が必要です。
これらの「NGな趣味・習慣」全てを完全に排除するのは難しいかもしれませんが、意識して頻度を減らしたり、時間を短くしたりするだけでも効果が期待できます。
■ 妊活で積極的に摂取すべき「推奨食品」
精子の質を高めるためには、バランスの取れた食事が基本です。特に、精子の形成や機能に関わる特定の栄養素を意識して摂取することが推奨されます。
- 亜鉛 (Zinc):
「セックスミネラル」とも呼ばれる亜鉛は、精子形成に不可欠なミネラルです。不足すると精子の数や運動率が低下すると言われています。
【多く含む食品】:牡蠣、レバー、牛肉、豚肉、カシューナッツ、アーモンド、チーズなど - セレン (Selenium):
強い抗酸化作用を持ち、精子を活性酸素によるダメージから守る働きがあります。精子の運動率向上にも関与するとされています。
【多く含む食品】:カツオ、マグロ、イワシなどの魚類、卵、肉類、ナッツ類、穀類など - コエンザイムQ10 (CoQ10):
強力な抗酸化作用に加え、精子のエネルギー産生を助け、運動率を高める効果が期待されています。
【多く含む食品】:牛肉、豚肉、イワシ、サバなどの魚類、ほうれん草、ブロッコリー、ナッツ類など - ビタミンE (Vitamin E):
脂溶性のビタミンで、細胞膜を酸化から守る抗酸化作用があります。精子の保護や運動率の維持に関わると言われています。
【多く含む食品】:アーモンド、ヘーゼルナッツ、アボカド、植物油(ひまわり油、アーモンド油など)、ほうれん草、ブロッコリーなど - ビタミンC (Vitamin C):
水溶性のビタミンで、強力な抗酸化作用により精子をダメージから守ります。精子の運動率や形態の維持にも関与します。
【多く含む食品】:イチゴ、キウイ、オレンジなどの果物、ブロッコリー、パプリカ、キャベツなどの野菜 - 葉酸 (Folic Acid):
細胞分裂に不可欠な栄養素であり、精子のDNA合成に関与し、精子の質の向上に役立つとされています。女性だけでなく、男性も積極的に摂取すべきです。
【多く含む食品】:ほうれん草、ブロッコリー、枝豆、納豆、レバーなど - L-カルニチン (L-Carnitine):
脂肪酸をミトコンドリアに運び、エネルギーに変換するのを助ける働きがあります。精子の尾部の運動エネルギー源となり、運動率を高める効果が期待されています。
【多く含む食品】:牛肉、豚肉、鶏肉などの肉類、牛乳、チーズなど - アルギニン (Arginine):
体内で一酸化窒素を生成し、血管を拡張して血流を改善するアミノ酸です。精子形成や運動率に関与するとされています。
【多く含む食品】:肉類(鶏肉、豚肉など)、魚介類、大豆製品、ナッツ類、ゴマなど
これらの栄養素を特定の食品だけで補うのは難しいため、様々な食品をバランス良く組み合わせ、彩り豊かな食事を心がけることが大切です。また、食事が偏りがちな場合は、専門家と相談の上、サプリメントを補助的に利用することも選択肢の一つです。
■ その他、妊活で心がけること
食事や趣味・習慣の見直しに加えて、以下の点も妊活において重要です。
・適度な運動:
ウォーキングや軽いジョギングなど、無理のない範囲で体を動かすことは、血行を促進し、全身の健康維持に役立ちます。
・健康診断、泌尿器科でのチェック:
定期的な健康診断を受け、必要に応じて泌尿器科専門医に相談し、自身の生殖機能の状態を確認することも大切です。
・パートナーとのコミュニケーション:
妊活は夫婦共通の目標です。お互いの状況を理解し、支え合いながら取り組むことが、精神的な安定にもつながります。
■ まとめ
不妊は決して女性だけの問題ではありません。男性が自身の体に関心を持ち、生活習慣を見直すことで、精子の質は確実に改善する可能性があります。今回ご紹介した「NGな趣味・習慣」を避け、「推奨食品」をバランス良く取り入れた食事を心がけること、そして適度な運動や十分な睡眠を確保することは、男性自身の健康維持にもつながり、結果として妊活の成功に大きく貢献します。
焦らず、パートナーと協力しながら、できることから一つずつ取り組んでいきましょう。ご夫婦にとって最良の結果が得られるよう、心から応援しています。もしご自身の状態に不安がある場合は、迷わず不妊治療専門のクリニックや泌尿器科医に相談してください。専門家と共に、より効果的な妊活プランを立てていくことができます。
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