親が高齢になり、認知症の可能性が頭をよぎるようになったとき、多くの方が不安に感じることの一つに「お金」の問題があります。「もし親が認知症になったら、銀行口座はどうなるのだろう?」「生活費の引き出しや公共料金の支払いはどうすればいいのか?」といった疑問や不安は尽きません。結論から言うと、認知症により判断能力が低下すると、銀行口座が実質的に凍結され、様々な手続きができなくなるリスクが非常に高まります。親御さんがお元気なうちに、こうした事態に備えて適切な準備をしておくことが、将来の安心につながります。
この記事では、なぜ認知症になると銀行口座が凍結されるのか、その影響、そして何よりも重要な、親御さんが認知症と診断される前に家族が取るべき具体的な対策について、専門家の視点から詳しく解説します。
■■ なぜ認知症になると銀行口座が凍結されるのか?
銀行は、預金者の財産を保護する義務を負っています。認知症などにより本人の判断能力が低下すると、例えば本人の意思に基づかない不正な引き出しや、詐欺被害に遭うリスクが高まります。このような事態を防ぐため、多くの銀行では、口座名義人である本人の意思確認が困難になったと判断した場合、その口座からの出金を制限したり、実質的に取引を停止(凍結)したりする措置をとります。
これは、銀行が預金者本人以外からの不正な取引を防止するための当然の措置であり、決して意地悪をしているわけではありません。しかし、その結果として、たとえ家族であっても、口座名義人である親御さんの代わりに預金を引き出したり、振り込みを行ったりすることが非常に難しくなってしまうのです。法的には、判断能力が不十分になった方の代わりに財産を管理するには、成年後見制度などの手続きを経る必要があります。
■■ 銀行口座が凍結されると何が困るのか?
銀行口座が凍結されると、日常生活を送る上で様々な支障が生じます。
・生活費の引き出しができない:
食料品や日用品の購入、お小遣いなど、日々の生活に必要なお金を引き出せなくなります。
・公共料金や税金の支払いが滞る:
電気、ガス、水道、電話代などの公共料金や、固定資産税などの税金が口座引き落としになっていても、残高があっても引き落とせなくなる可能性があります。これにより、ライフラインが止められたり、延滞税が発生したりする恐れがあります。
・医療費や介護費用の支払いができない:
病院の診察代や薬代、介護サービス費など、健康維持や生活を支えるために不可欠な費用の支払いが困難になります。
・不動産の売却や inherit に関わる手続きができない:
親御さん名義の不動産を売却して費用にあてたい場合や、相続が発生した場合の遺産分割協議なども、口座が凍結されているとスムーズに進めることが難しくなります。
・家族が一時的に立て替える負担が増える:
本来親御さんの財産から支払われるべき費用を家族が立て替えなければならなくなり、経済的な負担が増加します。
このように、銀行口座の凍結は、親御さん自身の生活はもちろん、それを支える家族にも深刻な影響を及ぼします。
■■ 認知症と診断される前に親が行うべき準備(子供・家族がサポート)
こうした事態を避けるためには、親御さんの判断能力がしっかりしているうちに、将来の財産管理について家族で話し合い、必要な対策を講じておくことが何よりも重要です。子供や家族が親御さんをサポートしながら進めるべき準備は以下の通りです。
◆ 1. 現状把握と意思確認
まずは、親御さんの資産状況を正確に把握することから始めましょう。
・所有資産のリストアップ:
どこの銀行に口座があるのか、証券口座、不動産、生命保険や損害保険、貴金属など、どのような資産をどれくらい持っているのかを一覧にします。可能であれば、通帳のコピーや証券会社の取引報告書などを整理しておくと良いでしょう。
・収入と支出の確認:
年金収入やその他の収入、そして毎月の固定費(家賃、ローン、公共料金など)や変動費(食費、医療費など)を把握します。
・借入金の有無:
ローンや借金がないかどうかも確認しておきましょう。
次に、親御さんの将来の意向を丁寧に聞き取ります。「もし自分でお金の管理ができなくなったら、誰に財産管理をお願いしたいか」「どのような医療や介護を受けたいか」など、本人の希望を尊重しながら話し合います。この話し合いは、将来のトラブルを防ぐための第一歩となります。
◆ 2. 具体的な対策を検討・実行
現状把握と意思確認ができたら、それを踏まえて具体的な対策を検討し、実行に移します。主な対策としては、以下のようなものが考えられます。
・家族信託(民事信託)
家族信託は、信頼できる家族に自分の財産を託し、管理・運用・処分を任せる契約です。親御さん(委託者兼受益者)と信頼できる子供(受託者)との間で信託契約を結び、親御さんの財産(例えば預貯金や不動産)を受託者名義に変更します。これにより、親御さんの判断能力が低下した後も、受託者である子供が親御さんのために、凍結された口座のお金も含めて財産を管理・活用することが可能になります。
【メリット】:
-柔軟な財産管理・承継が可能。
-親御さんの意思を反映させやすい。
-遺言の機能も持たせることができる。
【デメリット】:
-契約内容が複雑になることがある。
-専門家(弁護士や司法書士)への相談・依頼が必要で費用がかかる。
-税務上の検討も必要。
家族信託は、比較的多くの財産があり、柔軟な管理や将来の inherit まで含めて計画したい場合に有効な手段です。
・任意後見制度
任意後見制度は、本人の判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめ自分で選んだ「任意後見人」に、財産管理や身上監護(生活、医療、介護などに関する法律行為)に関する事務を委任する契約(任意後見契約)を公正証書で結んでおく制度です。
【メリット】:
-自分で後見人を選ぶことができる。
-契約内容で委任する事務の範囲をある程度自由に決められる。
-家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」が任意後見人の仕事ぶりを監督するため、不正が行われにくい。
【デメリット】:
-実際に後見が開始されるには、本人の判断能力が不十分になった後、家庭裁判所に任意後見監督人の選任申立てが必要。
-任意後見監督人には報酬が発生する。
-あくまで判断能力が低下した後のための制度であり、判断能力がある間の財産管理は別途検討が必要。
任意後見制度は、将来の不安に備え、信頼できる人に財産管理などを任せたいと考える場合に適しています。
・財産管理等委任契約
財産管理等委任契約は、特定の財産管理や手続きを第三者(家族など)に委任する契約です。例えば、年金の受領や公共料金の支払い、金融機関との取引などを任せることができます。この契約は、本人の判断能力がある間も効力を持ちますが、判断能力が低下した後の財産管理については、任意後見契約や成年後見制度が必要となる場合があります。
【メリット】:
-委任する内容を比較的自由に設定できる。
-任意後見制度よりも手続きが簡便な場合がある。
【デメリット】:
-本人の判断能力が不十分になった場合に、委任契約の効力がどうなるか契約内容による(任意後見契約と合わせて検討することが多い)。
-身上監護に関する法律行為は委任できない。
財産管理等委任契約は、親御さんが高齢になり、日常的なお金の管理や手続きが難しくなってきた場合に、判断能力があるうちからサポートするために有効です。
・贈与(生前贈与)
親御さんの財産の一部を、判断能力があるうちに子供や孫に贈与することも選択肢の一つです。これにより、将来の相続財産を減らすとともに、贈与を受けた側がその財産を管理・活用できるようになります。ただし、贈与税がかかる場合があるため、税理士と相談しながら計画的に行う必要があります。相続時精算課税制度なども検討材料となります。
・口座の一本化・整理
親御さんが複数の金融機関に口座を持っている場合、管理が煩雑になりがちです。これを機に、利用頻度の低い口座を解約したり、主要な口座にまとめたりすることで、家族が全体像を把握しやすくなります。また、インターネットバンキングの設定なども検討し、家族が残高や入出金履歴を確認できるようにしておくと便利です。
・キャッシュレス決済の活用
親御さんが抵抗なければ、デビットカードや電子マネーなどのキャッシュレス決済の利用を促すことも有効です。現金を持ち歩くリスクを減らせるだけでなく、利用履歴が残るため、家族も支出状況を把握しやすくなります。
・家族間の情報共有
これらの準備を進める上で最も大切なのは、家族内でのオープンな話し合いと情報共有です。兄弟姉妹がいる場合は、全員が親御さんの状況や将来の対策について認識を共有し、協力して進めることが、後々の無用なトラブルを防ぐ上で不可欠です。
■■ 診断後では遅い理由
上で述べた家族信託や任意後見契約、財産管理等委任契約といった法的な手続きは、原則として本人の意思能力、すなわち契約の内容を理解し、判断する能力があるうちに行う必要があります。認知症が進行し、判断能力が著しく低下してしまうと、これらの契約を結ぶことが法的に困難になります。
判断能力が低下した後に財産管理が必要になった場合は、成年後見制度の利用を家庭裁判所に申し立てるのが一般的な流れとなります。成年後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」がありますが、判断能力が低下した後に利用するのは主に法定後見制度です。法定後見制度では、家庭裁判所が本人の状況に合わせて成年後見人、保佐人、または補助人を選任します。選任されるのは親族の場合もありますが、弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることもあります。
法定後見制度は本人の保護を目的としていますが、手続きに時間と費用がかかることや、選任された後見人等が家庭裁判所の監督を受けるため、財産の利用に制約が生じる場合があるなど、必ずしも家族の意向を反映しやすいとは限りません。親御さん自身の希望を実現し、家族が主体的にサポートするためにも、やはり判断能力がある元気なうちに準備を始めることが望ましいのです。
■■ 専門家への相談の重要性
認知症による財産管理の問題は、法律、税金、金融など、幅広い知識が関わる複雑な問題です。安易な自己判断は、かえって状況を悪化させる可能性もあります。そのため、準備を進めるにあたっては、専門家のサポートを積極的に活用することをお勧めします。
・弁護士・司法書士:
家族信託契約書の作成、任意後見契約書の作成、成年後見制度の申立てなど、法的な手続きや文書作成をサポートしてくれます。
・税理士:
生前贈与を行う場合の贈与税や将来の相続税について、適切なアドバイスや税務申告をサポートしてくれます。
・ファイナンシャルプランナー:
資産状況全体の把握や、将来のライフプランを踏まえた資金計画についてアドバイスをしてくれます。
これらの専門家は、家族の状況や親御さんの意思を踏まえ、最適な対策を提案してくれます。まずは無料相談などを利用して、気軽に相談してみることから始めてみましょう。
■■ まとめ
親御さんが認知症になった後では、銀行口座の凍結により、生活費の引き出しや医療費の支払いなど、当たり前のことができなくなるリスクがあります。このような事態を避けるためには、親御さんの判断能力がしっかりしている「今」こそが、将来の準備を始める絶好の機会です。
まずは親御さんとじっくり話し合い、資産状況を把握し、将来の意向を確認することから始めましょう。そして、家族信託、任意後見制度、財産管理等委任契約、生前贈与など、様々な選択肢の中から、ご家庭の状況に最も適した対策を検討・実行してください。手続きが複雑な場合や、税金が関わる場合は、迷わず専門家の助けを借りましょう。
親御さんの安心した老後のため、そして家族が将来困らないためにも、一歩踏み出して、早めの準備を進めることを強くお勧めします。これは、親御さんへの愛情を示す行動であり、家族の絆をより一層深める機会にもなるはずです。
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