
靴は私たちの生活に欠かせないアイテムであり、ファッションの一部であると同時に、日々の歩行を支える重要な道具でもあります。
しかし、どれほど気に入っていても、素材の劣化は避けられません。特に、靴の寿命を縮める大きな要因の一つに「加水分解」があります。
ここでは、長持ちする靴を選ぶための具体的な条件と、加水分解しない素材に焦点を当てた選び方を詳しく解説します。
■■ 1. 長持ちする靴の3つの条件
長持ちする靴とは、単に丈夫なだけでなく、履き心地が良く、修理や手入れがしやすい靴のことです。以下の3つの条件を満たす靴を選ぶことで、お気に入りの一足を長く愛用することができます。
● a. ソールの構造と素材
靴の寿命を決定づける最大の要因はソールです。ソールは地面との摩擦や衝撃を直接受けるため、最も劣化しやすい部分です。
・グッドイヤーウェルト製法:
高い耐久性と修理のしやすさで知られる製法です。アッパー(甲革)とインソール、ウェルト(細い帯状の革)を縫い合わせ、さらにウェルトとアウトソールを縫い合わせるという、非常に手間のかかる工程を経て作られます。この製法で作られた靴は、アウトソールを何度でも交換できるため、アッパーの状態が良ければ半永久的に履き続けることができます。
・マッケイ製法:
グッドイヤーウェルト製法よりも柔軟で軽量な靴に用いられる製法です。アッパー、インソール、アウトソールを直接縫い合わせるため、返りが良く、履き心地が柔らかいのが特徴です。グッドイヤーウェルト製法に比べると耐久性はやや劣りますが、ソール交換は可能です。
・セメント製法:
接着剤でアッパーとソールを貼り合わせる製法です。スニーカーやビジネスシューズなど、幅広い靴に用いられます。コストが低く大量生産に向いていますが、ソール交換が難しく、加水分解による劣化が起こりやすいのが欠点です。
● b. アッパーの素材
アッパーは、靴の表情を決めると同時に、足を保護する重要な役割を担っています。
・天然皮革:
牛革、馬革、羊革など、天然皮革は通気性と耐久性に優れています。手入れをすることで美しい光沢を保ち、エイジング(経年変化)を楽しむことができます。特にコードバン(馬の臀部の革)やカーフ(生後6ヶ月以内の子牛の革)は、繊維が細かく非常に丈夫で、高級靴に用いられます。
・合成皮革:
ポリウレタン(PU)やポリ塩化ビニル(PVC)などの素材を基に作られます。水に強く、手入れが簡単という利点がありますが、通気性が悪く、加水分解による劣化が起こりやすいのが大きな弱点です。
・キャンバス:
帆布とも呼ばれ、綿や麻などの繊維を平織りにした丈夫な素材です。通気性が良く、カジュアルな靴によく用いられます。
● c. 修理とメンテナンスのしやすさ
どんなに良い靴でも、長く履き続ければ必ず劣化します。修理しやすい靴を選ぶことは、靴を長持ちさせる上で非常に重要です。
・ソール交換:
上記のグッドイヤーウェルト製法やマッケイ製法の靴は、ソールの交換が容易です。靴の修理専門店に持ち込めば、アッパーを活かしたまま、新品同様に蘇らせることができます。
・ヒール交換:
ヒールは最も摩耗しやすい部分です。ヒールのみの交換が可能な靴を選ぶことで、靴全体の寿命を延ばすことができます。
・適切なメンテナンス:
日々の手入れが靴の寿命を左右します。天然皮革の靴は、ブラッシングやクリームによる保湿を定期的に行うことで、ひび割れを防ぎ、美しさを保つことができます。
■■ 2. 加水分解とは何か?
靴の劣化で最も厄介な問題の一つが「加水分解」です。これは、特定の素材が空気中の水分と反応し、化学的に分解されてしまう現象です。
・メカニズム:
主にポリウレタン(PU)のようなウレタン樹脂が原因で起こります。ウレタン樹脂は、柔軟性やクッション性に優れているため、靴のミッドソール(衝撃を吸収する層)やアウトソールに広く使用されています。しかし、ウレタン樹脂の結合は水分に弱く、時間の経過とともに結合が切れて、素材がボロボロになったり、ベタついたりします。
・影響:
加水分解が起こると、靴底が剥がれたり、ソールにひびが入ったり、最悪の場合は歩いている途中に靴底が完全に崩壊することもあります。
・加水分解が起こりやすい条件:
長期間履かずに保管しておくこと、特に高温多湿な環境に置かれることが加水分解を加速させます。通気性の悪い下駄箱に入れっぱなしにしたり、押し入れの奥にしまい込んでしまうと、劣化が急速に進むことがあります。
■■ 3. 加水分解しない素材の選び方
加水分解による靴の寿命を避けたい場合は、以下の素材で作られた靴を選ぶことが重要です。
● a. 天然ゴム
天然ゴムは、その名の通りゴムの木から採取される樹液を原料としています。弾力性、耐摩耗性、グリップ力に優れており、スニーカーやワークブーツ、登山靴などのアウトソールに広く使用されています。合成素材のように加水分解の心配がなく、物理的な摩耗によって徐々にすり減っていくため、長く愛用することができます。
● b. 合成ゴム
天然ゴムに様々な化学薬品を加えて性能を高めた素材です。SBR(スチレン・ブタジエンゴム)やNBR(ニトリルゴム)など、用途に応じて様々な種類があります。耐油性や耐熱性など、天然ゴムにはない特性を持つものが多く、アウトソールとして広く使われています。合成ゴムも基本的には加水分解しない素材であり、物理的な摩耗による劣化が主です。
● c. EVA(エチレン酢酸ビニル)
EVAは、非常に軽量でクッション性が高い素材です。スニーカーやサンダルのミッドソールによく使われています。ポリウレタンとは異なり、加水分解を起こしにくい性質を持っているため、安心して使用できます。ただし、熱に弱く、強い日差しに長時間さらされると変形する可能性があるため注意が必要です。
● d. 本革
靴のアッパーやインソール、ソールの素材として使われる本革は、加水分解とは無縁の素材です。天然素材であるため、丁寧な手入れと適切な保管をすれば、何十年と使い続けることができます。経年変化を楽しむことができるのも、本革ならではの魅力です。
■■ 4. まとめ:賢く選んで靴を長持ちさせるために
長持ちする靴を選ぶためには、まず「加水分解」という劣化のメカニズムを理解し、そのリスクが低い素材を選ぶことが最も重要です。
・ソール:
加水分解しやすいポリウレタン製のソールを避け、天然ゴムや合成ゴム、EVAなどの素材を選びましょう。また、グッドイヤーウェルト製法やマッケイ製法など、ソール交換が可能な製法の靴を選ぶと、さらに長く愛用できます。
・アッパー:
合成皮革ではなく、天然皮革を選ぶことで、加水分解の心配がなくなります。日頃のメンテナンスを欠かさずに行うことで、美しさを保ちながら長く使うことができます。
・保管:
加水分解のリスクを避けるためにも、靴は通気性の良い場所で保管し、定期的に風通しを良くすることが大切です。
靴は単なる履物ではなく、私たちの足元を支え、日々の生活を豊かにしてくれるパートナーです。素材や製法にこだわって賢く選ぶことで、お気に入りの一足を長く、大切に履き続けることができるでしょう。






この記事へのコメントはありません。